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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)4487号 判決

原告

高橋正吉

右訴訟代理人

栃木義宏

被告

大竹豊治

右訴訟代理人

池田真規

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、原告

被告は、原告に対し、登録第三三九一〇四号・第三四四七四八号各意匠権について、いずれも昭和四七年一〇月一七日受付第九九七号の申請をもつてされた同年一一月二九日専用実施権設定登録の抹消登録手続をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告

主文と同旨の判決を求める。

第二  請求原因

一、原告は、道路反射鏡の意匠について登録第三三九一〇四号・第三四四七四八号意匠権(以下「本件意匠権」といい、その意匠を「本件登録意匠」という。)を有するところ、被告に対し昭和四七年八月一日左記契約条項により専用実施権を設定し(以下「本件実施契約」という。)、同年一〇月一七日受付第九九七号申請をもつて同年一一月二九日専用実施権設定登録された。

(1)  専用実施権の存続期間は、本件意匠権の存続期間とする(契約書第二条)。

(2)  実施料は店頭販売価格の三パーセントとし、被告は一年を六期に分けて、原告に支払う(契約書第五条)。

(3)  被告は、一年を六期に分けて、当該期間における本件意匠権の実施による製品の生産数量、売上金額を当該期終了後一〇日以内に、原告に報告する(契約書第七条)。

(4)  被告が、本件実施契約書第五条の約定に違反し、又は本件意匠権の実施について虚偽の報告、その他不法な行為があつたときには、原告は本件実施契約を解約することができる。この場合には、この契約は解約申入れ後二ケ月の期間を経過したときに終了する(契約書第一二条)。

二、しかるにその後、被告は、実施料を一切支払わず、また本件意匠権の実施による製品の生産数量、販売数量、売上金額等についての報告も、まつたくしなかつた。

被告は、本件実施契約書第七条に定める義務の履行をした趣旨の主張をするが、その報告の期間が守られていないのみならず、生産数量の報告がされていない。

三、そこで、原告は、昭和四八年二月一五日付で被告に対し、前記本件実施契約(4)(契約書第一二条)に基づいて同契約を解約する旨の意思表示をし(以下「二月一五日付解約」という)、右意思表示は遅くとも同月二〇日までに被告に到達したので、その日から二ケ月経過した同年四月二〇日に、本件実施契約は終了した。

被告は、本件実施契約には履行の催告をしないで解約し得る旨の規定がないと主張する。なるほど本件実施契約書(甲第二号証)にはその旨の規定は存しない。しかしながら、現実には原被告間にその旨の合意はあつたのである。原告は、被告から懇請されて本件実施契約を締結したという有利な立場にあつたので、被告に対して催告不要の解約条項を承諾せしめたものであり、そのかわりに解約申入れ後でも協議する機会を与えようとの趣旨から、契約終了の効果を生ずるまでに二ケ月間の期間を設けたのである。

四、仮に本件実施契約には催告不要の特約がなかつたとしても、原告は昭和四七年一一月から昭和四八年二月一五日までの間に数十回にわたり、電話により、あるいは、原告がその代表取締役をしている訴外日本道路設備株式会社(以下「日本道路設備」という。)の従業員を派遣して、被告に対し本件登録意匠の実施報告と実施料支払を履行するように催告している。

五、仮に右催告の事実が認められないとしても、原告は、二月一五日付解約において延滞実施料の支払を催告しているから、少なくともこの際に催告の効力は生じていると解され、さらに本件訴状は本件実施契約を解約する意思表示をも包含すると解されるところ、本件訴状は遅くとも昭和四八年六月末日には被告に送達されているので、その後二ケ月経過した同年八月末日には本件実施契約は終了した。

六、いずれにしても、本件実施契約は終了しているので、原告は被告に対し、本件意匠権について請求の趣旨記載の専用実施権設定登録の抹消登録手続を求める。〈以下、省略〉

理由

一原告は、昭和四八年二月一五日に、被告の債務不履行により、本件実施契約を解約する旨の意思表示をし、右意思表示は遅くとも同月二〇日までには被告に到達したと主張する。

ところで、昭和四七年八月一日に原、被告間に本件実施契約が締結されたことについては、当事者間に争いがないが、その内容については一部争いがある。すなわち、原告は、実施料は一年を六期に分けて支払う旨の条項が本件実施契約書第五条に記載されていると主張するのに対し、被告はこれを否認する。この争いは、本件実施契約の解釈について、次のような点で影響をもつものと考えられる。すなわち、本件実施契約書第一二条には、被告が本件実施契約書第五条の約定に違反し、又は本件意匠権の実施について虚偽の報告、その他不法な行為があつたときには、原告は本件実施契約を解約することができ、この場合には、本件実施契約は解約申入れ後二ケ月の期間を経過したとき終了する旨が記載されていることは当事者間に争いがないが、被告が主張するように、実施料は一年を六期に分けて支払う旨の条項が本件実施契約書第五条に記載されていないとすると、原告の主張する、被告の実施料不払による解約申入れは、本件実施契約書第一二条による解約申入れではないということになる。そこで、本件実施契約書をみると、実施料を六期に分けて支払う旨の記載は第六条にあつて、第五条ではないことが認められる。しかも右第六条によれば、「実施料は六期にわけて甲(原告)の告知により支払うものとする。」との記載があることが認められる。そうすると、原告がそのような告知をしたことについて主張、立証のない本件においては、被告に実施料不払の債務不履行ありと原告の主張する被告の債務とは、その履行期が到来したのかしないのかについては確定し得ないことになり、結局被告に債務不履行ありとの原告の主張自体失当ということになる。

しかしながら、被告自身本件実施料支払債務の履行期期の到来していることを前提として、その債務を支払つたと主張している本件においては、既に被告の主張する額の実施料支払債務の履行期が到来しているものとして、本件訴訟の判断を進める。

二原告が、昭和四八年二月一五日に、被告の債務不履行により、本件実施契約を解約する旨の意思表示をし、右意思表示は遅くとも同月二〇日までには被告に到達したことについては、当事者間に争いがない。

被告は、その実施料支払債務を履行したと主張する。しかしながら、その主張は要するに、原告個人の預金口座の存在しない多摩信金に実施料支払のために原告宛に振込み、現実には多摩信金の原告口座に入金とならなかつたけれども、多摩信金の原告口座宛に振込んだ被告の行為には過失がなく、被告の行為は債務を履行したのと同視さるべきであるというにつきる。いかに右の点について被告に過失がなかろうと、原告がこれを受領していない以上、被告がその債務を履行したということができないのはいうまでもない。被告は、原告が本件実施契約の実施料を多摩信金の原告預金口座宛に送金するよう指定したと主張し、被告本人尋問の結果中には右主張に沿うかのような部分があるが右部分はこれを措信することができず、他に右事実を認めしめるに足る証拠はない。

その他、被告が事実摘示欄第三、(四)、(イ)、(ロ)、(ハ)で主張する実施料一万四、一四五円、二万四、四九九円、一万六二〇円の各債務について、その主張のような方法以外の方法で原告に対し、弁済の提供をし、その債務の履行をしたとの主張、立証はないから、被告の、右債務を履行したとの主張は、その他の点を判断するまでもなく、失当である。

三そこで次に、原告は被告に対し本件実施契約上の債務の履行を催告したうえで解約の申入れをしたものであるかどうかを考える。

原告は、本件実施契約書には、履行の催告をしないで解約し得る旨の規定はないが、現実には、原、被告間にその旨の合意はあつたと主張する。しかしながら前掲契約書には、無催告で契約を解除(解約)し得る旨の条項はなく、他に原告主張の右事実を認めしめるに足る証拠はない。原告は、さらに、仮に本件実施契約には催告不要の特約がなかつたとしても、原告は昭和四七年一一月から昭和四八年二月一五日までの間に十数回にわたり、電話により、あるいは、原告がその代表取締役をしている日本道路設備の従業員を派遣して、被告に対し本件登録意匠の実施報告と実施料支払の債務を履行するように催告していると主張するが、その事実を認めしめるに足るような証拠はない。原告はまた、仮に右催告の事実が認められないとしても、原告は、二月一五日付解約において延滞実施料の支払いを催告しているから、少なくともこの際に催告の効力は生じていると解され、さらに本件訴状は本件実施契約を解約する意思表示をも包含すると解されるところ、本件訴状は遅くとも昭和四八年六月末日には被告に送達されているので、その後二ケ月経過した同年八月末日には本件実施契約は終了したと主張する。なるほど、契約解約の通知には、早急に遅滞している実施料を支払われたい旨の記載はある。

しかしながら、右通知部分を摘録すると、「(前略)……本件実施契約第一二条の定めに基づき右契約を解約致しますので御通知申し上げます。なお本件実施契約は解約申入後二ケ月を経過することによつて終了し、被通知人は本件意匠の専用実施権を失いますので、早急に遅滞している実施料を支払い、専用実施権の登録を抹消されますよう念の為御通知申し上げます。」とあり、右文面によれば、原告は右書面により被告に対し、本件実施契約を解約する旨の確定的な意思を表示しているものであつて、原告の主張する実施料支払の催告とは、右解約の意思表示の被告に到達した時点、あるいはその後二ケ月経過するまでに発生し、または発生することあるべき実施料支払の催告に過ぎず、なお原告に発生することあるべき解約告知権の行使を前提とする債務の履行の催告ではないことが認められる。〈証拠〉を総合すると、被告は昭和四八年二月九日付で、同日頃原告に対し、昭和四七年一〇月一三日から同年一二月一九日までの間の本件角型カーブミラーの売上数量及び売上金額を報告している事実、並びに同日(昭和四八年二月九日)に、右売上金額に基づいて算定した実施料一万四、一四五円を埼玉県信金から多摩信金の原告当座口に電信振込をしている事実を認めることができ、右事実によれば、前記報告書はその発送日後間もなく原告に到達しているものと推認することができる。それにもかかわらず原告は、その直後である昭和四八年二月一五日に契約解約の通知を発しているのであり、右事実によれば、原告は右契約解約の通知書において、被告に対し、本件実施契約の解約告知権の発生を前提とする実施料の支払を催告するような意思など全然なく、一途に本件実施契約を解除(解約)することのみを考えていたものと認めるのが相当である。

右のとおりであるから、二月一五日付解約が本件実施契約解約申入れの効力発生要件である延滞実施料支払の催告を包含しいるとの原告の主張は理由がなく、従つて、本件訴状が本件実施契約を解約する旨の意思表示を含むかどうかの判断をするまでもなく、本件実施契約が終了しているとの原告の主張張は失当である。

なお原告は、被告の、本件実施契約における、一年を六期に分けて、当該期間における本件意匠権の実施による製品の生産数量、販売数量、売上金額を当該期終了後一〇日以内に原告に報告するとの義務違反をも本件実施契約の解約申入れ権発生原因の一つとして主張し、本件実施契約には、原告主張のような条項があることは当事者間に争いがないが、右義務の履行についても、原告が被告に対し、これを催告したとの立証がない。なお、期間の点はともかくとして、被告が、原告が本件実施契約の解約申入れをしたと主張する昭和四八年二月一五日以前において、昭和四七年一〇月一三日から同年一二月一九日までの本件角型カーブミラーの売上数量及び売上金額の報告をしていることは前認定のとおりであり、被告はその報告義務を尽している。原告は、被告が生産数量の報告をしていないというが、本件実施契約の実施料は店頭販売価格を基準として算定される(この事実は当事者間に争いがない)ものであつて、生産数量は実施料の支払とは関係がないから、その数量の報告がないということをもつて本件実施契約の解約申入れ発生原因とすることはできないものというべきである。

よつて、原告の、被告の報告義務違反を理由とする本件実施契約解約の主張も理由がない。

四以上のとおり、本件実施契約が被告の債務不履行による解約申入れにより終了したとの点についての原告の立証はないから、その余の点についての判断をするまでもなく、原告の本件請求は失当である。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高林克己 清永利亮 木原幹郎)

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